Since 1988

 落ち着いたたたずまいの初老の紳士にご来店をいただいた時の話です。
「この香りはまだ売っておられますか?」
ベテランのスタッフの店員にとっても見慣れないそのボトルには、LIBRAの文字がありました。
「とても前のもので、もう製造中止の商品だろうと思います」
紳士はうつむき加減でいいました。
「とても思い出のある香りなのです。いつも車で使っていました。先日この瓶がダッシュボードから出てきて、とても懐かしくなったのです。」
 店員はこの古い常連様の申し出に、うれしくなりましたが、たしかにそれは廃盤の香りにちがいありませんでした。工房には残っているかもしれない、と思った店員は聞いてみることを紳士に約束しました。
 すべての香りのチェックをし、自らも創作している、社主の林に聞くのが近道だと思った店員がさっそく電話をかけてみますと、「まずは嗅いでみよう」と林が言うので、お客様から預かった瓶の香りを確認することになりました。
「これは、ブローニュという商品の香りだよ。クリーンルームの中に残っていないかな?」しかし、もうすでにありませんでした。また、商品名と香りの名はしばしば異なっていて、どのレシピがそれなのか、林は古い資料を何日も探し続けることになりました。

 発見されたレシピには「フィトン」と名付けられていました。『パリのブローニュの森を散歩する森林浴のイメージ』です。
 さっそくレシピに基づいて再現することになりましたが、その中にはもうすでに手に入らない原料もありました。それでもなんとか代替品を見つけて、調合できたのです。お客様の最初のご来店から約1か月後、四半世紀(25年)前に売られていた古い商品が再現され、お客様のもとに届けられたのです。
 「香りは人生ですね。ああ懐かしい」紳士はおっしゃって、笑顔でお買い求めいただきました。

 

 香りを創り続けて28年、たくさんの香りがお客様の人生のシーンに彩をそえ、思い出と共に記憶のアルバムに大切にしまわれていたことに、香りを創る会社としての誇りと責任を感じた瞬間でした。
 当工房の香りは、何年もずっと記録されています。
 そして、それはずっと、皆様一人一人の思い出とともに人生に寄り添う伴走者なのです。